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「アースシーの風;ゲド戦記第5巻」

 お正月休みに読了したのは、この本だけです。(図書館で借りました)
1976年に日本で出版されてから、2003年でこの5巻が出るまで実に27年です。
少年ゲドが5巻では、70過ぎの老人です。
私は、ちょうど4巻目が発行された頃(1990年代半ば?)職場の友人に4巻まで借りて読みました。
1から3巻までは、児童書のポジションにふさわしい少年の成長と冒険の旅でした。
それでも一巻目は、魔法使いになるために修行中のゲドと共に「影」の存在に悩み、こんなに辛い本なら読まなきゃ良かったと思ったものでした。
また2巻目の巫女の少女テナーが生きる迷路のような地下での生活描写も克明で、本を開くと真っ暗な世界に落ち込むような感覚がしました。
3巻目の水上生活をする島での物語りも、ストーリーはぼんやりとしか憶えていないのに、水上に組み立てられた竹の家の様子とか、私の、私が作ったアースシーがちゃんとあるのです。
1から3までは、そんなに間をおかず出版されたのですが、4は17年後にがらりと雰囲気を変えて物語が登場し、読者はかなり驚きました。
3までの、正調ファンタジーとも読める夢と魔法の冒険譚は、ゲドが竜に乗って空に舞い上がるところで終わるのですが、4は「舞い降りる」ところからはじまります。
その間に現実には17年経ちました。
私はいつも、現実には17年経っても「舞い上がり」「舞い降りる」もこの物語の中ではひとつの流れでしかないところにくらくらします。
4巻目では、魔術の力を失ったゲドとただの中年女になったテナーと養女テハヌーが主人公でした。
 だからそのまた10年後に5巻目が出た時も、もういいかあって期待薄でした。
私は少年が主人公で、いろいろあって成長する話が好きなんです。
5巻目も重い内容でした。
夜毎、死後の世界の狭間で死者に呼ばれる夢に苦しむ青年を中心に、ほんとに物語がきっちり構築されていて、またアースシーに戻ったんだ、一緒に旅するんだという気分になれます。
登場人物の会話にも、どんな声で目線はどこにむけて、どんな動きを交えて言ったかが必要なら3行も続き、その丁寧さにどの人物も目に見えるような感覚を憶えてしまう。
悪夢が辛くて、新年早々暗いの読んだかなあと読み進むと…
最後は、ゲド戦記全体の終結なのですが、晴れ晴れとした終わり方でした。
今も余韻が残り、長々書いてしまいました。
私にとっても長い長い旅をした気分。
いい本だなあ〜

アースシーの風 ― ゲド戦記V

アースシーの風 ― ゲド戦記V