読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

懐かしい「みーばちゃん」「じょんばちゃん」

 東日本大震災は、10日以上も経ったけれど、被災者の方々にはまだまだこれでもかというように
余震や、原発事故、食料、ガソリン不足、放射能汚染と深刻な危機に直面している。
テレビも連日の報道で訴え、状況を流す。

 私は、被災された沢山のお年寄りのインタヴューでの話しを聞いて、久しぶりにある人たちを思い出し懐かしくなった。
私が小学生のころ、裏と左隣におばあさんが住んでいて、男の子の孫しかいなかったためか、お二人ともとても
私を可愛がってくれた。
その二人のおばあさんは、近所の人から「みーばあ」「じょんばあ」と呼ばれていて、私は「みーばちゃん」「じょんばちゃん」と
直に呼んでいた。
お出かけ好きの「みーばちゃん」には、デパートや博覧会に連れて行ってもらいお子様ランチを御馳走になった。
「じょんばちゃん」は相当のお金持ちだと、子供のころは思っていた。
食器棚の小引き出しにいっぱい小銭が入っていて、私や実の孫の男の子たちにアイスを買っておいでといつも言うのだ。
学芸会とか、お墓参りとかお正月とか、よくセーターやブラウスも買っていただいた。
「じょんばちゃん」は、「ナントカデ、はあ〜」というのが口ぐせだったが、あれ東北弁だったんだと、最近わかった。
「みーばちゃん」は、住んでいた辺り一帯の大家さんで、私が生まれる前にみーという猫を飼っていたからそう呼ばれ、
「じょんばちゃん」はじょんという犬を飼っていたそうだ。とても苦労して育ち、字もろくに習えなかったそうだ。
かなり、素晴らしいあだ名だと今にして思うが、当時は当たり前のように呼んでいた。

 二人とも私が中学生の頃引っ越ししてしまったけれど、いろいろなことを思い出す。
「みーばちゃん」も「みーばちゃんの夫」もやたら私の家が大好きで、毎日やってくるのだ。
うちはいつも、漬物とお茶を出していた。
別々に来て鉢合わせもよくあったが、そういうときはどちらかが帰っていく。
「みーばちゃんの夫」は皇后さんと母を呼び、私のことは妃殿下と呼ぶのだ。
でも父のことは天皇とは言わない。
今思うと、自分の妻は飼っていた猫の名前なのに、借家に住む私たちにあんなあだ名で呼んでたんかあ?
大人になって、子供の頃の周りの大人を思い出すと、今よりずっと面白い人が多かったように思えるのだ。