デヴィッド・ボウイとブルームズベリーグループ

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デヴィッド・ボウイはロックミュージシャンとして人生を全うしたが、

アーティストとしても多方面で活動していた。

ボウイの大ファンの私は総合的に「アート」を彼流の審美眼で長年観てきたのを

添うようにチェックしていたが、これ!っといつまでも眺めていたい作品に御目にかかったことはなかった。

 

ボウイが亡くなって、先月オークションでは名うてのサザビーがボウイの美術コレクション400点を公開した。

ボウイサイドから彼のコレクションをオークションにかけることも発表された。

落札された方のもとに散逸してしまうことに未練があって、図録だけ取り寄せた。

するとこの肖像画を発見!

ブルームズベリーグループの一員だった「リットン・ストレイチー

上がコレクション図録。、下は、夫人である画家ドーラ・キャリントンの画集。(ドーラ・キャリントンの絵が大好きです。映画化もされました。)

 私は20世紀初めに英国で存在した文化グループ「ブルームズベリーグループ」がとても好きで、いろいろ調べたこともあるのですが、まさかボウイのコレクションの中に「リットン・ストレイチー」の素描画を発見するとは!

もう何年も前のコラムで、アートのオークションでブラアン・フェリーはブルームズ・ベリーグループの作品を、デヴィッド・ボウイダミアン・ハーストの作品を購入したと読んだことがあり、妙に納得してしまったのでした。

ボウイが、この絵画にどの程度関心があったのかは知りませんが、

私のすきなものが、ボウイも嫌いではなかったことが非常にうれしかったです。

SF小説とデヴィッド・ボウイ

 

雑誌「SFマガジン」4月号がデヴィッド・ボウイ追悼特集と知ったときはとても驚いた。

期待よりむしろそんなに「ネタ」がないのねと思った。

376ページ中、約20ページが追悼特集かあ‥

それでも日本のSF界の重鎮でありながら、ロックも関心を持ち続けた著名人ばかりで購入した価値はあったと思う。

登場されるSF作家に不満はないが、1970年代からボウイの名前をちらちら登場させ、インタビューもしていたSF評論家の岡田英明がいないのは何故だろう。ファンでもなかったが、「ダイヤモンドの犬」の頃、SFとボウイを公に同文中に書いていたのは岡田英明だけだったと思う。(ロック評論は岡田英明、SF関係は鏡明名義)

今のSFマガジンは全く読んでないが、私は愛読者だったこともある。

好きな作家は「ゼナ・ヘンダーソン」「レイ・ブラッドベリ」「カート・ヴォネガット

 

 かつてのSFの黄金期はちょうどボウイがミュージシャンとしてデビューしたころだと思う。

「ブラッド・ベリ、自作を語る」でボウイのコンサートに娘さんと行き、ボウイに「抱きつかれ」二日に渡ってお食事したときのことが書かれている。

ボウイはきっとうれしかったに違いない。

評論やSF小説の話をしたそうだ。

また手元に雑誌がないが、ボウイがインタヴューでSF小説を書いて映画化の予定でいたが、既に同じ内容の作品が映画化されると知って辞めた。それは「カプリコン1」だったと思う。

あとサミエル・ディレニーのSFにはボウイの「世界観」と似てると聞いたのですが、未読。

SFマガジンでこのボウイ特集を立ち上げた方々なら、私よりもっとこのあたりのボウイとSFを掘り下げられたのでは?

せっかく追悼という気持ちがあるのに、少し残念。

ネタはけっこうあると思うのだが。

Fちゃんと会う

 えーとこの間会ったのはいつだったかなあと検索したら、なんと2009年2月20日に「はてな」に書いてました。

7年ぶりとは!!

一駅しかちがわないのに。なかなか会う機会がなかったのですが、Fちゃんは必ず年賀状に手書きでメールアドレスを書き添えてくれるので、いつも気になってました。

 7年‥

少年野球の世話役をしていて不満を話していたFちゃんは、6人のお孫さんに恵まれ、娘や息子の生活を案じるおばあちゃんになっていました。

外見はあんまりかわっていない若々しいFちゃんが、嫁の話をするのですがそんなに年月は過ぎ去ったのかあー

でも相変わらずピュアで優しい彼女。

私の別宅にご案内しても、すんなり肯定して高橋大輔(彼女もファン)のDVDを希望して二人で鑑賞しました。平日はお孫さんを預かっているいるそうですが、フィギュアスケートに今度誘ってね、一緒に行こうと約束しました。

お孫さんたちをを携帯で見せてもらいましたが、背後にFちゃんお手製のお雛様が飾られていて、以前は2対のお雛様が7段になっていました。

このお雛様が、授かり婚して大学やめたり、突然離婚を言い出されたりの日常に、「いやあ驚いたわ」というFちゃんの毎日を一緒に眺めていたにちがいないです。

 

泣かない

母が亡くなったとき、殆ど涙を流さない私が、親戚は意外だったそうだ。

泣く。ってどういう意味があるんだろう。

何一つ満足なお世話をしてあげられなかった母。

今もじゃあどうすればよかったのか、どうすれば泣いた自分がいたんだろうかと答えが出ない。

 

 むしろ、どんな時もCDその他諸々を買い続けてきたボウイのほうがずばっと終わった感が強い。

週末に新アルバムと日本での展覧会開催という朗報で、夢のような気分をファンにもたらし翌々日に亡くなったボウイ。

私はやっぱり泣かなかった。これからボウイの新曲以外のCDは聞きたくないほどダメージ大きいのに。

読むともっと辛いのにネットで世界中沢山の関係者のお悔やみの言葉を探した。

世界中のボウイファンは、きっと私と同じだね。

発売された追悼号に、感動したり、不満をもったりしながらもう沢山買ってしまう。

こんな特集、もうでないよねと悲しくなる。

 

それなのに、週末のNHK放送のドキュメンタリー番組でボロボロ泣いた。

「九年前の祈り」小野正嗣という小説家の里帰りの話だ。

静かな田舎の島で育ち、都会で学んだ少年。

少年には仲の良い兄がいて、最近脳腫瘍で亡くなってしまった。

島の人たちの兄の思い出に泣けた。何をしたわけじゃないのに兄の存在は大きかったんだな。

寂しいと

兄を語るうちにタオルで顔を埋めて泣き出すおじさんもいた。

私はその純粋さに泣けたのかなあ

赤の他人の死なのに、たぶん寂しいという気持ちは一緒だったんのかもしれない。

 

 

 

 

 

1月10日、デヴッド・ボウイ亡くなる

私が、10代の自分を誉めるとしたら、デヴッド・ボウイを見つけたことです。

地味で大人しく自分が何が好きかもわからかった私の10代。

すべての日本公演にⅠから4回(13回)行けたのも、本当に宝物のような思い出。

華奢にみえるけど、ライブでのパフォーマンスはどれも忘れられません。

 

それからの私は、常にボウイには注目し続け、彼が身に着けたり、読んだり、賞賛した人物、作品の詞には私もいつも『アンテナ』を張ってました。影響されました。

年齢も男女も関係なく上質(心が)の友人を探そうと思ったのも、ボウイを知ったからです。

本当に音楽のみならず驚くほど造詣が深く、「OUT SIDE」を作った頃に、金融とROCK(ボウイ債券)をつなげたり。

そのくせいつまでもかっこいい少年みたいだったボウイ。ありがとう。

新アルバム「BLACK STAR」!!その次がないのが寂しい。

 

神様

おめでとうございます。

いつもののんびりしたお正月ですが、「別宅の図書室」で過ごしているのが画期的!!

年末は、友人からテーブルを拝借し、英国製の布をテーブルクロスにしたりするうちに友人が素早く本を片付てくれて(この一か月は何だったのと思う速攻の整理力!)年内に私の「図書室」は完成しました。

本当に贅沢ですよね

ま、私の価値観では、してみたかった夢が叶いました。

 

本を整理していると今ではほとんどお付き合いがなくなってしまった友人への書き損じのはがきや手紙が栞替わりに出てきて、とてもセンチメンタルな気持ちに陥りました。

今日知ったのですが、年末にナタリー・コールが亡くなったそうですね

父の Nat King Cole が大好きでしたが、ナタリーが父の曲

「The Unforgettable」 を歌ったのも素敵でした。スタンダードナンバーですよね。

久しぶりにお二人を偲び、「The Unforgettable」を聞いて本を片付けていると、

友人への未投函の「はがき」が。

Ziggy Stardust」のドキュメンタリー映画の感想が短く書かれているのですが‥

『私にとって神サマとはあんな形をしていると思う。そしてまだ別のBowieが今もどこかでYou!You!言ってる気がする』

『私にとって夢またゆめみたいなフィルム』

熱いなあ

このはがきを読むと、ちょっと最近私のBowie愛覚めてるぞと思いました。

今月の新アルバムでまたきっと上昇すると期待してます。

 

クリスマスオンアイス2015

今年の最後の私のお楽しみは、今週のアイスショーだった。

フィギュアスケーター高橋大輔さんがスイスでのアイスショー(アートオンアイス)に出演して以来NYに留学して、スケートとほぼ縁のない生活を送り続けた。

高橋君はスケート靴を持たないで留学したそうだ。

英会話と、ダンスの勉強とマスコミに語っていたが、スケートを滑りたくなくなったんだ。

私はただのファンですし、高橋大輔の才能を信じていても未来まではわかりません。ししかし今年も終わろうとする今、結局願い通りになったとニマニマしてしまう。

 海外で見聞を広め、異業種の方々と出会いをし、結局自分の才能はスケートと決断する。

(私の構想)

高橋君は来年フィギュアスケーターとしても活動するそうだ!!

どういう形かはわからないが、今回のプログラムを見て決して後ろ向きの活動じゃないと確信できる。ファン冥利に尽きます。